これからの時代をどう生きるのか【私がクリスチャンになるまで8】

こんにちは。

今回は、前回の記事の続きで、
これからの時代をどう生きるのかについて
書きたいと思います。

これから世の中はどうなるのかは
わかりません。

ですが、567禍が始まって以来
確実に悪い方に向かっているとは感じています。

増え続ける超過死亡、超監視化社会へ進んでいること
物価価格の高騰、食糧難の噂
、など、挙げればきりがないです。

聖書を深く学んでいる方は
いまは終わりの時代と
考えている方が多いように思います。

そうだとしたら、そんな中
どう生きていったらよいのでしょうか。

生きる意味とは

そもそも、なぜわたしたちは生きるのでしょうか。

こんなにつらい人生なら生れてこなければよかったと
この記事を読んでくださるあなたも、
一度は思ったことがあるかも知れません。

わたしはずっと思っていました。

あまりに過酷な人生に、
いつ〇ねるのか、そればかり考えて
ずっと過ごしていました。

聖書の最初の章「創世記」では、アダムとイブが
毒りんごを食べてしまうという罪を犯します。


それ以降、すべての生き物に
死が入ったと言われています。

いま、わたしたちが肉体を持って生きているのは
その罪による、テスト期間のようなものだともいえるようです。

臨死体験で見た世界

わたしは、一度臨死体験をしたことがあります。

それは、いまは中学生の息子の出産時で
妊娠高血圧症、というものが悪化してしまい、
出産直後に脳発作を起こした際に起こりました。

ひゅっと魂(意識)が体から出て
ベッドに横たわる自分の姿や、医師の姿を見ました。

それからすーっと上の方に行ったのですが
そこはお花畑のような感じで、既にほかの人がいました。

「ただいまー」のような感じで
とても嬉しかったのを覚えています。

やっと解放された、という感覚もありました。

ですが、付き添っていた母親に呼び戻され
戻ることになってしまいました。

その時はなんで、と正直嫌でしたが
それでよかったのでしょう。

それも神の定められたことだったのだと思います。

この世界が終るとしても、不思議ではない感覚

その体験から、いつかの未来の段階で、
この世は終わりになって新しい体になって生きていく
と言われても、不思議ではないな、とは思っています。

体から魂(意識)だけ出ることが出来ることを
体感したためです。

なんとなく、世界は
終わりに向かっているのかなとも感じています。

聖書の最後に「ヨハネの黙示録」という章があり
そこにはこの世が終わりに向かう
(その後、新しい世界が作られる)ことが書かれています。

今がその時代なのかどうか、
ということはクリスチャンの方の中でも、意見は分かれるようです。

まだ聖書のことなど勉強不足なので
そのことをここで論じるのは控えておこうと思います。

聖書を読むことで生きる力が強くなる

わたしはまだ、聖書を読み始めてから
1か月くらいなのですが、
生きることに対して気が楽になりました。

以前は、何ごとも自分だけの力でどうにかしないと
と思っていましたが、
今は主イエス様と共に歩んでいるような気持ちです。

自分でできることはそんなになくて
日々聖書を読み、祈り、よく眠ることくらいです。

それによって、自分の中に詰まっていた
悪魔が抜けていっているような感覚があります。

日々それなりに幸せを感じることもでき、
主に感謝の気持ちです^^

さて、次回は、今振り返ると思う
悪魔的な稼ぎ方について書こうと思います。