私の、離婚/アダルトチルドレンの心の傷克服ストーリー5

こんにちは。

前回の記事では、受けているカウンセリングが苦しいと気が付いてからも、なかなか止められなかったことを書きました。

本当に言いたいことが言えない、と言うのもありましたが、それ以前に感覚を感じることがあまりできないため、思っていることを言葉にする以前の問題だったのだと思います。

そのことを、書いていきますね。

家庭環境が怖すぎて、感覚を消していた

小さいころから、あまり感覚を感じていなかった

このストーリーでは、「離婚」ということに焦点をあてて書いてきていますが、それ以前に、今振り返るとわかることなのですが

あまりの家庭環境の悪さに、わたしは感覚を閉じることで生きてきました

感覚を感じていたら、怖すぎて発狂していたのかもしれません。

そのためなのか、体が正常な働きをできなかったのでしょう、様々な体調不良を抱えていました。

おそらく、小学生の高学年ころから自律神経失調症だったと思うのと、アトピー、子宮系の疾患などなど。

感覚を感じないようにしていたことで、「体調がいい」と感じた日は一日もありませんでした。

「幸せ」と感じた時が、一度もなかった

小学校高学年から、週6~7で塾に通い(家にいるより、塾で勉強に追い込んでいるほうがまだ若干は楽なくらいでした…^^;)、中学校からは都内の有名女子校に進みました。

中学に入ると、英語の授業で「Have a nice day」って習いませんでしたか。。

わたしは、今思い返せばなんですが、nice dayをただの一度も過ごしたことがなかったので、感覚としては全然わからないまんまに覚えてたんだろうなー、と思います^^;

心は健全に育たないままに、頭ばかりを育てざるを得なかったんですね。

それでも、なぜぎりぎり耐えられたかというと…。

みな、自分と同じ感覚で生きていると信じ込んでいた

かなりのシビアな環境下で、どうして生きてくることができたのかな、と今思い返すと、一番は、みんな多かれ少なかれ自分と同じ環境下で、同じように感じて生きているんだと信じ込んでいたためです。

和やかで幸せな家庭、さざえさんみたいなおうちはアニメやドラマの中だけ、と思い込んでいたんですね。

自分が感覚を感じていないことも、今だからわかることで、その時は気が付いてはいませんでした。

季節の移り変わりにも気が付かないですし、天気予報を気にする機能も失っていました。

今こうやって振り返って書くことができるのは、感覚を少しづつ取り戻すことができて、今とその頃の違いが分かるからです。

逆に一生そのまま、感覚を失っていることに気が付かずに過ごしている可能性もあったと思います。

私の場合は、たまたま子育てを通して自分自身がおかしいということに気が付き、その上で自分を変えることはできるんだと理解し、

変わる努力をコツコツとしてきたことで、失われていた感覚を少しづつ取り戻すことができました

それこそが金銭的、物質的に恵まれても決して得られることのなかった、「本当の幸せ」への第一歩だったように思います

次の記事では、個人の仕事で稼げるようになる事実だけでは幸福度は上がらなかった経験があるので、その頃どう感じたのかを書きますね。