聖書を読むようになってからの、自分自身の変化【私がクリスチャンになるまで10】

こんにちは。

今回は、前回の記事の続きで
聖書を読むようになってからの
自分自身の変化について書きたいと思います。

生きる力が強くなった

以前の自分は、金銭的に困窮してなくとも
パートナーとの関係に問題がなくとも

「世の中がこの状況なら〇にたい」
「生きている意味が分からない」


と本気で思うくらいに
生きる力が弱かったです。

ですが、今は、自分の力で生きているというより
主イエス様に生かされている、という感覚なので
いい意味で気楽になりました。

世の中は悪い方に向かうかも知れない、
ですが、ギリギリのところで神さまが
きっと助けてくださる。

もし助からなかったとしても、
それが定められた運命なのだろう。

たとえ厳しい状況が続いても
それまでなんとか生きよう。

そのような感覚でいます。

依存がほぼ無くなった

ここ数年のわたしは

資格取得、起業、SNS(/スマホ)
・カウンセリング
・神社やお寺通い
・メルカリ
・趣味(ハンドメイド/シール・ノート集め)


といったものに依存してきました。

よりお金と時間を使い
ある意味自分を痛めつけるものに始まり、

だんだんあまりお金を使わず
楽しめるものに移行していったので
それはよかったと思います。

ですが、たとえ安いとはいえ
本来必要のないぶんまで
シールを買うのが止められないのは
やはり依存だった
、と今では感じています。

いまはどうかと言いますと、
まだスマホを少し見過ぎているな
と感じているのでそれは減らしたいと思っています。

それ以外は、聖書を読んでいれば
満足なので、お金もかからならいですし
何でもない日々に
幸せを感じられるように、少しずつなっています。

今までの経験から感じることは、
ひとは主イエス様との
関係を感じることができれば

本来、満ち足りた気持ちで
日々を過ごせるのではないかということです。

何かに依存して、お金を失ったり
借金を追ったりということも
かなり減るのかもしれません。

何より、今の世の中の仕組みを
作っているのは悪魔です。

そこには、依存させようと
意図しているものが多くあります。

その一つが、医療や甘いもの(砂糖)だと思うのです。

医療に頼っていれば病気を治してもらえる

という考えは多くの日本人に沁みついていて
それが、今回のワク○○による被害を
産んでしまった一因のようにも思います。

支配側が、長年かけて
そうなるように仕向けてきたんですね。

いま、これからの艱難(かんなん)の
時代を生き抜くためにできることは、
わたしたち一人一人が自立することだと感じています。

そのために、わたしに必要だったのは
主イエス様に立ち返る、ということでした。

では、次回はトランプさんなどの救世主説に注意、
ということを書こうと思います。