幼少期の体験【私がクリスチャンになるまで2】

こんにちは。

こちらの記事の続きで、私が幼少期の体験を
書いてゆこうと思います。

ずっと、なんとなく
幼少期に鍵がある気がしていたのですが
毒親育ちゆえなのか、
記憶がない部分も多かったんですね。

今回やっと思い出したことを書きます。

高級住宅時代の幼少期

わたしは、とある分野の商社の創業者の祖父を持ち
0-7歳まで高級住宅で過ごしました。

父方の祖父と、父と母と、わたし(後々妹が産まれる)
で暮らしていたのですが、
実は最近まであまり記憶がなかったのですね。

祖父と父はあまり家にはいなかった気がしますし
殺伐とした雰囲気で、
特に母親は、今でいう毒親でした。

過干渉で自分と子供の境界線の分からない
共依存タイプの母です。

やばいところに来た、
この親のゆがんだ愛情を受け取ったら危ないと
幼少期ながらに察知したようで、

近くに住んでいる方と寝ている間に気を通わせることで
生きのびる術を、のちに編み出しました。

どういうことなのか以下に具体的に書きますね。

寝ている間に魂を飛ばして交流

披露山のおうちは家も大きく、庭が広く
道は少し下になっていて、
家から道までもそれなりに遠かったです。

家の二階のベランダからは道が見えるので、
そこから道を眺めては、まれに歩いている方がいると
(大抵みなさん車移動なので、人が歩いてることがほぼない)

「あの人はどこの何さん?」
と、母に聞いていました。

大体はおじさんで、母が、
知っている方であれば、家の位置と「○○さん」
ということを教えてくれていたようです。

親と心の交流を図れない分
夜寝ている間に、その○○さんのところに
魂だけ飛ばして交流し、
それで大きくなることが出来たのだと思います。

その中に恐らく、クリスチャンの方がいらして
神さまとも交流できていたのではないかと思うのですね。

前の記事に書いたお金のことに少しふれると
そういった、本当の神様(イエス様)と繋がれている方は
幸せなお金持ちだったのではないかと思うのです。

とはいっても、すこし突拍子もなく聞こえるかもしれません…、
後々の記事で、そう思う根拠などもより深めてゆきたいと思います。

その後も何となく見守ってくれた存在

その後、バブルの崩壊とともに家の事業が悪化して
引っ越しを余儀なくされました。

親はますますの毒親で
精神的・教育虐待を受け続けたためか、
大人になってからの私は、様々なことに依存症でした。

危ない目に合ってもおかしくない状況は
振り返れば多々あったと思うのですが
なぜか、危機的な時ほどギリギリのところで
助かった、ということが幾度となくありました。

そのため、幼少期に交流したおじさんが
何となくその後も見守ってくださっているのだ
と感じていたのですが、

いまではそれがイエス様だったのではと思っているんです。

再び開いてきた霊感

バブルが崩壊して引っ越したのちは
ともかく親が怖かったので、
感覚を閉じることで生き延びることにしました。

それから、色とりどりだった世界が
白黒になりました。

ですが、5年ほど前から
フェイスブックや他SNSで発信するうちに
感覚を開いている方との交流が増えてきて
だんだんと閉じていた霊感が開いてきました。

正直なところ、怖い、どうしようと思いました。

聖書を知った今だからわかるのですが、
今の世の中には、目には見えなくとも
悪魔や悪霊がたくさんいます。

親が恐かったという以外にも、
悪魔や悪霊がうようよしている世界で
霊感を開くことが危険という理由で

バブル崩壊後都会へ引っ越した際には
それを閉じることに決めたのだと思います。

SNSで発信するようになり、
再び開いてからは何となくいい方に
向かっているような気もしましたが…。

一方で最終的な答えは出ていない気もしていて、
なんだか落ち着かない日々に突入しました。

だからこそ、一つ前の記事に書いたように
自分がより見られることや、
稼ぐことに固執してしまったのだと思います。

聖書の世界を知った今振り返ると、
当時の自分は悪霊に取りつかれていたなと思います。

そのことは、聖書に真実があるのではと
気が付いたきかっけと含めて、また次の記事で書きますね。

続きの記事は、以下からご覧いただけます。