このページを訪れてくださり、ありがとうございます^^
ご縁に感謝です。

わたしは、離婚や臨死体験等をきっかけに
起業や人間関係のお悩みを頂くことが増え
個人での開業へ進みました。

生い立ちや、個人での仕事のこと、
想いなど書いてゆきます。

少し長くなるかと思いますので
リラックスして読んでくださったらうれしいです^^

【生い立ちから今までの経緯】

・幼少期

幼少期は自然の中の高級住宅地という
特殊な自然環境で
第六感を研ぎ澄まして過ごしました。

親はいわゆる毒親で怖かったので
庭の石や、花、虫と気を交わし合うことで
なんとか自分を育てた幼少期でした。

・小学校~

バブル崩壊とともに、家庭の経済事情が悪化し
都下へと引っ越しをしました。

それに伴い、
元々怖かった両親の怖さが倍増。

実は数年前まで、小学校から大学くらいまでの
記憶がほぼ欠落していました。

世の中の人はほぼすべて敵だ、
という感じの思考の親だったので

人と心を通い合わせるという感覚が分からず。

「友達」という
言葉の意味が分からないまま
外身だけが、育っていきました。

唯一勉強に救いを求め、
中学から都内の某有名私立女子中高へ。

今考えるとおかしなことなのですが
家庭が常に過度の緊張の場だったため

小学校時代は、塾で勉強している時が
唯一の癒しの時間でした。

・中学、高校時代

私立女子中高に通った
この6年間が、一番記憶がない期間です。

父のモラハラや、家庭への不干渉
母の共依存や過干渉、言葉の暴力
と思ったらネグレクトという、
(いつも相反することをしてくる母でした)

過酷な家庭環境が長きに及び
心身ともに、常に限界だったように思います。

学校も過酷な競争社会でしたので
ともかく心身が持たず
行きたくありませんでした。

でも、そんなことを知られたら
親にどう罵倒されるかわからなかったので
口が裂けても、誰にも言えませんでした。

この地獄のような人生、いつ終われるんだろう

そう思いながら
色を失って白黒になった世界を過ごしていました。

・大学~社会人時代

大学時代は、ともかく遊んでいました。

楽しく遊んでいたというよりも、
今までのストレスが爆発して
サークルなどで変に遊んでいた、という感じです。

派手な飲みサークルに参加したりと
アルコール中毒になりかけていたとも思います。

酔っぱらい過ぎて記憶がないことはざらで
自暴自棄になっていました。

それでも何とか卒業はしたのですが

就職活動を目の前にしたとき
自分ごとととらえることが、できなかったんです。

就職氷河期も相まって
何とか決まった先は、ブラック企業。

・社会人時代

何とか就職はしたものの
そこはブラック企業でした。

1日2~3時間の無給の残業は当たり前
休みは月6日、

営業成績へのプレッシャーは
並大抵ではなく。

毎日、上司に罵倒される日々。

いつこの地獄のような人生終われるんだろう

また、そう思う日々が始まりました。

そんな中、なんとかスキルを身につけようと
デザインのWスクールに通い

何度か転職を繰り返しましたが
やりたかった
広告制作に近い仕事も経験しました。

ですが、人とのかかわりが
極端に苦手なのは変わりなく

「働く」ということに自信が持てないままに
なかば逃げるように結婚しました。

・結婚、出産、家庭内別居

29歳の時に出産したのですが
妊娠高血圧症を発症し
出産の際に脳の発作を起こし、生死をさまよいました。

そのこともあり、職場復帰に自信が持てず
復帰予定だった仕事を退職しました。

出産後は、割とすぐに家庭内別居になりました。

夫婦間には気が付けば上下関係ができていました。

ともかく我慢し続け
ワンオペで育児をする日々。

親が親なので、どれだけ過酷な環境でも
実家に帰りたくない思いの方が
強かったんですね。

ですが、何年も我慢を続けた結果、
ある日手足が震え始めました。

母親に連れていかれた
メンタルクリニックで言われたのは

「うつですね」。

親による「選民主義」にまだ
どこか洗脳されていたわたしは

「…まさかわたしが!?」
そう思ったのを覚えています。

・うつを治す、離婚

うつの治療は、薬をだんだんと増やすというものでした。

ですが、薬を飲むと頭がぼーっとしてくる感じがして
自分には合わないような気もしていました。

一時は悪化して、ODも経験。

最終的に同居は難しくなり
やむなく実家へと帰り、
親の助けを得ながら子育てする日々が始まりました。

この状況になってなお離婚の「り」の字も
出せない、無言の圧を醸し出す母親。

うつを治すためには
自然療法を学んで取り入れてだんだんと減薬
(薬を減らしたい旨は、医師に相談しながら行いました)。

離婚制度を学んだりして
なんとか状況を好転させていきました。

その後、うつは快方へ向かい
ある程度の貯金があったことや、学んだことを活用して
親と住まいは何とか別にすることができました。

・子育てについて

子育ては、ともかく恐怖との戦いでした。

「きちんと」を押し付けてしまったり
ときに叫んでしまったりと

親にされたようにしてしまう自分が
どこかいることに気が付き

このままでは息子を不幸にしてしまうという
恐怖から、

常に緊張した状態で
必死で子育てしていたような感じです。

ですが、あるとき
「学校に行きたくない」という息子を前に
全然コミュニケーション
出来ていない自分に気が付いたんです。

そこからアドラー心理学に始まり、
なかば狂ったように心理学の本を買いあさり
学び始めました。

学び、実践していくと、
だんだんと息子が気持ちを
話してくれるようになりました。

学校で何が起きているのかも
ぽつぽつと
教えてくれるようになったんですね。

今は時がたち中学2年生ですが

本人の意向を尊重して
家庭で見守っています。

子育ての悩みは
どこまでいっても尽きないものと感じますが

一般的に「不登校」と言って連想しがちな
深刻な状況ということはなく
穏やかな日々を過ごしています。

その後再婚し、現在は3人家族です^^

支えてくれる夫にも日々感謝です。

・仕事について

息子が幼少期、
家庭内別居中にパーソナルカラーを
習ったことがあったことをきっかけに

フェイスブックでの個人発信を始め
2017年ころから主にデザインの
フリーでの仕事をいただけるようになりました。

その後、開催したランチ会等で集客について
ご相談を頂き、自然と集客/起業コンサルの仕事を
させて頂くように。

高額起業塾や高額コンサルで学んだけれど
どうにもならず

自信を失ってしまっている
という方がほとんどでした。

お一人お一人丁寧にお話を伺い
サポートさせていただくうちに

「集客できる」
「稼げるようになる」

など、形だけが重要なのでは
ないということに気が付きました。

ご相談くださる方の根底のお悩みは

「本当は、自分の人生の使命に従って生きたい」
「今はその状態でないためモヤモヤし続けている」

というところにあったのです。

主にSNSやメルマガでの発信を
サポートさせていただいてきたのですが

使う言葉を変えることで

その後自然といい方へ向かう
ご相談さままの姿を目の当たりにしてきました。

ご相談くださる方は皆さまとてもお優しく
人を優先するがゆえに「本音」を
表現することが苦手な場合がほとんどです。

完璧主義ゆえに自分が自分に厳しすぎて
前に進めないでいる、という場合も。

わたしが関わらせていただくことで
自然と論理思考が緩み

「自然と進むべき道がわかった」
といったお声を頂いてきました。

お優しいお客様に、
感謝の気持ちでいっぱいです^^

・理念

毒親育ちさんや、人間関係の心の傷を抱えている方
また、精神疾患を抱えている方や、HSPで生きずらい方が
日々を楽に等身大で生きられるような
世の中にしていくことが使命です。

精神疾患にかかるのは弱い人、と見るような
世間の風潮が少なからずまだありますが

まったく悩みのない人はいない、とわたしは考えています。

本当は優れた感性や
実は人並外れた特殊能力をお持ちの方などが

「社会一般」と波長が合わず
精神疾患にあてはまってしまう
ということもあると感じます。

こころの傷を抱えている繊細な方には
SNS起業の世界で王道とされがちな
派手な見せ方や大量行動は、はっきり言って合わないです。

なぜなら、数字を追ったり
人に勝たなければと自分を追い込むあまりに

本来一番優れている
感性がつぶれてしまうからなんです。

繊細な方にあった
感性を伸ばして、仕事にしていく方法があります。

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【その他お受付可能な仕事】

上記集客支援のほかに、以下のようなことをご提供可能です。

・デザイン
(Webデザインというより素朴なイラストが得意です。)
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【保有資格】

パーソナルカラーアドバイザー

NARDアロマテラピーアドバイザー

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【ベースとしている考え方】

ブッダの教え、アドラー心理学、ユング心理学
3つの考えをベースにしています。

また、精神世界にも興味があり
神社やお寺に、常日頃から参拝するようにしています。